(『天然生活』2021年9月号掲載)
効率的でミニマルな台所は働く主婦を支える聖地
「幅、75cm」。これは、坂下真希子さんのお宅の台所で、シンクと作業台との間に設けられた、通路の幅です。
ひとりで立ち働くにはちょうどいい幅ですが、ふたりがすれ違うには、少々手狭な動線なのだといいます。

都心に近いヴィンテージマンション。明るく開放的なコーナー窓は、春になれば、満開の桜が望める
「ここからだと、リビングでくつろぐ家族の様子がよく見えて、お互い、声も掛けやすいんです。でも、通路はご覧のとおりの狭さなので、夫や子どもたちが台所にわざわざ入ってくることは、あんまりなくて。つまり、ここは家族のだれにもじゃまされない、自分だけの聖地なんです」
起床は、決まって朝の5時。家族の朝食とお弁当を手早く仕上げてから会社へ出勤します。

限られた時間で、手際よく家事をこなすため、道具は徹底的にオープン収納
日が暮れて帰宅すれば、また慌ただしく夕飯の支度にとりかかり、終われば、食材のストックをつくれるだけつくって、作業台に並べます。
「翌日の自分がラクするためにも、時間の許す限り、一品でも多くつくっておきたいって思っちゃうんです。だから、起きている時間は、とにかくずっと台所にいますね」
そんな台所は、ときに、坂下さんの「職場」としても機能しています。きっかけは2020年に、仕事が完全リモートワークに切り替わったこと。

フライパンはコンロから最短距離に。「道具の種類も位置も、長年変えていないので、目を閉じても手に取れるくらい」
まだ、家族が寝静まっている早朝、社用のノートパソコンを作業台のレンジ脇にそおっと置いて、小さな踏み台に腰掛ければ、準備は万全です。
「ここで、会社の仕事までするようになるとは、思ってもみませんでした。天板下には棚があるので、足の置き場もないですし。でも、いざやってみると、窓からのぞく若葉や、吹き抜ける朝の風が心地よくて、うんと集中できたんです。くるっと振り返れば、すぐにお湯も沸かせて、パンも焼けますしね。ここに住んでもう13年ですが、改めて、いい台所だなぁってその魅力を再確認しました」
あれから時が経過し、再び会社へ通勤するようになったいま、パソコンを持ち帰る頻度こそ減りましたが、台所は変わらず坂下さんにとっての強い味方。

同マンションに住む建築家につくり付けてもらった作業台では、ときに子どもたちの“先生”の顔に
ウェブ連載のレシピ考案、子どもの宿題の丸付け、そして日々のルーティンであるつくりおきまで。坂下さんは今日も、幅75cmの聖地で、自分らしく過ごしています。
<撮影/近藤沙菜 取材・文/権 佳恵>

坂下真希子(さかした・まきこ)
中1の息子、小1の娘の母。ウェブサイト「外の音、内の香」で綴るレシピや、週末の山暮らし生活が人気。著書に『パンによく合うかんたんサラダ弁当』(立東舎)。インスタグラム@donuts1010
※記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです