(『天然生活』2020年8月号掲載)
先人に教わった野草の知恵と寄り添う暮らし
かやぶき民家がいまなお点在し、昔ばなしの世界に迷い込んだような風景が広がる京都・美山。
「美し山の草木舎(そうもくしゃ)」は、昔からこの地に自生する野草にこだわった工房です。
野草茶や草木湯(足湯パック)、野草を使った保存食の製造販売のほか、野草チンキやつるかご編みなどのワークショップ、幻といわれる日本茜の栽培と普及など、地域に根ざした発信を行っています。
代表の渡部康子さんはもともとNGOなどで働き、アジアやアフリカの農村開発援助に携わった経験も。

大きな鍋で田舎番茶を焙じる作業。このあと、手揉みする。渡部さんが着ているのは、京都北部で“ひっぱり”と呼ばれる伝統的な野良着。かつて美山の女性たちはみんな、姉さんかぶりにひっぱりで、炊事や洗濯、野良仕事にいそしんでいたそう
30代で美山に移り住んでからは、“農村女性史”をテーマに、ともすれば時代の変化のなかで埋もれてしまう、生活改善運動などの取り組みについて聞き書きし、記録に残す活動を続けてきました。
かつて農村での女性の地位は低く、渡部さんはそんな状況を変えようと奮闘した女性たちの思いに、いつも寄り添ってきたのです。

渡部さんが執筆者のひとりとして参加した出版物と、美山郷土史。農村に生きる女性たちの立場や思いに、寄り添ってきた
草木舎の活動にも、小さい子どもがいたり、介護を引き受けていたりという個々の事情があっても、無理なく社会参加できる場があれば、という思いが込められているそう。
現在の主要メンバーは6人ですが、お茶をつくるのが好きな人、ワークショップなどで話すのが得意な人と、個性を生かすかたちで運営されています。
志を同じくする人なら美山在住でなくとも仲間として受け入れており、フローリストとしての視点やセンスを生かして、奈良から参加する木村美香さんもそのひとり。

採取した野草はざるに入れ、縁側で乾燥
「美山で暮らすおばあちゃんたちは、もうすぐ健康診断があるからスギナ飲んどこ、みたいな感じでごく自然に野草を暮らしに取り入れています。私も風邪引いたかな? と思ったら山椒やスイカズラを選ぶなど、その日の体調と相談しながらブレンドするようになりました。たとえば今日はちょっと胃の調子が悪いなと思ったら、庭に生えているゲンノショウコを煎じて飲んだり、皮膚がアレルギーでかゆいなと思ったら、ヨモギのお風呂に入ったり......野山の薬箱を少し意識すれば、心をいやしながら健康維持ができるんです」
私たちの身近にある野草はほぼすべてが薬草
渡部さんは草木舎の活動を始めてから、「周りを見回してみると、ほぼすべてが薬草」ということに気づいたそう。
草刈りで草を刈るのをやめたら、本当に必要なものが残った、と言います。
こんなに身近に薬効のある草がたくさんあるのは、昔の人が役に立つものを身の周りに集めたからでは? と考えることもあるとか。

連れ立って、野草の採取へ。季節ごとに採取すべき野草、しておくべき仕事がたくさんあり、自然と四季のサイクルに合わせて暮らしが成り立っている。古きよき日本の原風景を守っていくことも、草木舎の目標のひとつ
「昔の人は植物が持つ力を衣としてまとうことで、体をいやしたり守ることができる、と考えていたようです。ふんどしをセンブリで染めたり、女性を美しく見せる日本茜を肌着にしたり......。私たちにできるのは、現代の暮らしのなかでどこかに置き忘れてきてしまった、先人の知恵にもう一度立ち返ること。そして、野草ってこんなに奥が深くて面白いものだよ、とこれからも美山から発信していきたいですね」

熱伝導性に優れた銅製の蒸留器で、クロモジを蒸留中
教えてくれた人

渡部康子さん(わたべ・やすこ)
「美し山の草木舎」代表。30代のときに家族で東京から美山に移住し、2010年に草木舎を立ち上げる。https://soumokutya.jimdofree.com/

木村美香(きむら・みか)
フローリストとしての知識やセンスを生かしつつ、奈良から草木舎に参加。薬草や染料を栽培し、“野山のはーばりすと”的な暮らしをしている。

草木舎の拠点は、昔ながらの日本家屋。
縁側から、美しい里山が一望できる。
手書き文字で書かれた、かわいらしい看板が目印。
<撮影/辻本しんこ 取材・文/野崎 泉、鈴木理恵(TRYOUT)>
※記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです