団地案内人
川添大輔(かわぞえ・だいすけ)
団地マニア歴26年の『天然生活』編集部員。
中学時代に暮らした社宅の団地で、その魅力に目覚める。大学時代にはトランジットで滞在したシンガポールの“レトロフューチャー”な団地群に衝撃を受け、社会人になってからは夜な夜なカメラを持って自転車で都内の団地を巡るのが日課に。警察にマークされながらも光が丘団地に通い詰め、憧れが高じてURに入居。前職では、念願の団地本も出版。昭和30年代の歴史的団地が姿を消しつつあるいま、その姿を記録に残すことへの執念は深まるばかりだ。
昭和30年代の団地設計をリードした、あの人がかかわった団地です!
川添 スミマセン! 赤羽台団地は、昭和30年代に数々の傑作団地を設計した団地の巨匠、津端修一さんが日本住宅公団在籍時に最後に関わった団地でもあるんですよー。
関根 また、遠くを見つめてますね。
川添 団地ブームの黎明期......、
関根 そんなブームあったんですか?
川添 いわゆる「団地萌え」という言葉が定着するちょっと前ですかねー。「2ちゃんねる」で、「団地って面白い」みたいなスレッドが立って、少しずつ、団地の魅力に注目する人が増えていった時期なんですが、「当時まだ残っていた昭和30年代の団地が素晴らしい」→「調べてみると設計に津端修一という人が関わっている率が高い」→「津端さんは、団地の巨匠なんじゃないか?」みたいな流れが一気にきまして。
関根 「団地萌え」という言葉の意味がちょっと分かりませんが、その津端修一さんって、どういう方なんですか?


津端さん関係で掲載できる写真がないので、しばし、赤羽台団地の素敵な景色をお楽しみください。こちらは「板状階段室型住宅」が平行配置されているエリア。一見単調な配置に見えますが、建物の隙間をずらしたり、ピロティ(外部空間になった1階部分)を設けたりすることで、建物を突き抜けていく動線が上手に設けられています
川添 日本住宅公団で団地の設計を手掛けた方なんですが、東大時代はあの丹下健三さんの薫陶を受け、アントニン・レーモンド事務所、日本に3人にしかいないル・コルビュジェのお弟子さんのひとり坂倉準三事務所という、当時の花形アトリエ系設計事務所を渡り歩き、日本住宅公団に入ったという異色すぎる経歴の持ち主でして、「団地=画一的な建物と配置」という常識を一新した、前回もちらっと紹介した「阿佐ヶ谷住宅」をはじめ、「多摩平団地」「高根台団地」などの数々の傑作団地を生み出した方で、その場所に合った道や地形を生かした配置プランが取り入れられていて、唯一、一部現存する高根台団地に行くと、その豊かな空間を実感できると思います。
関根 一文がまた長くなってますよ。
川添 あぁ......。「高根台団地」は、いつかURさんに取材許可が取れれば、あらためて紹介したいと思います!
関根 あ、はい。
<撮影/川添大輔>




