団地案内人
川添大輔(かわぞえ・だいすけ)
団地マニア歴26年の『天然生活』編集部員。
中学時代に暮らした社宅の団地で、その魅力に目覚める。大学時代にはトランジットで滞在したシンガポールの“レトロフューチャー”な団地群に衝撃を受け、社会人になってからは夜な夜なカメラを持って自転車で都内の団地を巡るのが日課に。警察にマークされながらも光が丘団地に通い詰め、憧れが高じてURに入居。前職では、念願の団地本も出版。昭和30年代の歴史的団地が姿を消しつつあるいま、その姿を記録に残すことへの執念は深まるばかりだ。
失われた団地銭湯と、ひとり暮らし用団地の面影を追って
川添 では団地の銭湯の話を。実は歴史が古くて、同潤会の代官山アパートにもあったんですよねー。同潤会、知ってますか?
関根 表参道にずらりと建っていた、謎に異国情緒あふれて居た古いアパートですよね。
川添 そうです。同潤会アパートは関東大震災の復興を目的に、都内の各所に建てられていたんですが、一番有名なのが表参道にあった、同潤会「青山アパートメント」ですね。

在りし日の同潤会「青山アパートメント」。山の手大空襲で周囲が焼け野原になったなか、関東大震災の教訓をもとに耐火構造にされた「青山アパートメント」は焼け残り、2023年まで76~77年間にわたって使用されました。写真はウィキペディア・コモンズより転載させていただきました(撮影/PhantomII.Rider)
関根 いろいろあったんですね。
川添 そうなんです。なかには単身の女性専用の「大塚女子アパート」なんてものもあって、新しい生活スタイルを展望した斬新な試みだったんですよ。同潤会の建物はそれぞれが、来るべき日本人のあるべき暮らしの展望を持っていて、どれもとても実験的で個性的でした。老朽化のためすべて取り壊されてしまいましたが。
関根 表参道には1棟残ってますよね?
川添 あれは、復元した新しい建物なんですよ。
関根 そうだったんですか!?
川添 でも、そんな貴重な同潤会アパートを、いま、赤羽台団地の跡地で見ることができるんですよ!
関根 どういうことですか?
川添 西八王子にあったURさんの「集合住宅団地歴史館」が、「URひととまちのミュージアム」として赤羽台団地に移転しまして、ここに、数々の名作団地の室内が移築保存されているんですが、そのなかで、代官山アパートメントの2タイプの部屋を見ることができまして、そのうちの1室が単身向けのワンルームで、大正時代の優雅なひとり住まいが想像できる、素敵な空間を体験できるんですが、そんな同潤会から日本住宅公団へと続く、単身居室の新旧が、時代の差はあれど、ここ赤羽台で邂逅するという、胸熱な展開がたまらないわけです!
関根 あえて止めませんでしたが、長い一文になりましたね。でも、「URひととまちのミュージアム」は行ってみたいです。
川添 ですよねー。

手前が「URひととまちのミュージアム」の一部として保存されている41号棟。スタンダードな「板状階段室型住宅」です。クラゲのような遊具が置かれた手前の広場は「くらげ公園」と呼ばれていました。残念ながら遊具は残されていません。背後にはすでに竣工して入居が始まっているヌーヴェル赤羽台が写っていますね
関根 写真が夜なのがちょっと気になりますが、では次回は、「URひととまちのミュージアム」回です。これから取材依頼をしますので実現できるか分かりませんが、お楽しみに!
川添 急に前向きになってくれて、困惑と喜びが一度に押し寄せてきています。そういえば、話の途中だった赤羽台団地の見どころですが、ほかにもまだまだありまして、いまはないダストシュートがついていたり、サッシがまだ鉄で、その細いデザインがものすごく優雅でいいんですよねー。

赤羽台団地に備えられていたレンガ張りのダストシュート。当時は近代的な暮らしを象徴する設備だったと思います。ダストシュートが設けられたものの使用を停止している古い団地も数多く見てきましたが、取り出し口の樹脂製のすのこを見ると、この住棟(39号棟)では使用され続けられていたようです
関根 この窓はかわいいですね!
川添 この窓、面白いのが欄間に相当する部分も設けられて、とても採光と通風性に優れているんです。断熱性は悪かったとは思いますが。細かいところですと、ドアノブなんかがいちいちレトロでかわいくて、見どころがたくさんあったんですよー。

欄間もある鉄サッシ。垂れ壁(垂れ下がった壁のこと)の影になって見えにくいですが、掃き出し窓の上の欄間部分にもガラス窓がはまっているのが見えるでしょうか。サッシはアルミサッシが登場する前の鉄製。下方の窓はプライバシー配慮のためかすりガラスに。これは障子の効果を取り入れる意図があったのでしょうか?
関根 見てみたかったです。
川添 当時まだ劣悪だった都市部の住宅事情を改善しつつ、これからのあるべき暮らしをつくり出そうとする気概と、まだ「正解」が固まっていない故のいろいろな試みをしているのが見て取れて......、
関根 えー今回も、5,000文字を超えたのでこの辺で終わります!
川添 えぇ!? 詳しくは写真でお楽しみくださいー。

赤羽台団地の中には神社もありました。いまはヌーヴェル赤羽台11号棟の敷地になっているのですが、新幹線のトンネルの上にある神社として有名な、赤羽八幡神社に移転・合祀されいるそうです

赤羽台団地の遊歩道のような場所にあった「希望」の像。な、なんと、いまでも同じ場所にあるようです(少し移動しているかもですが)。高度経済成長期の明るい未来観が感じられて和みます

たぶん39号棟。団地の電柱について少し説明しましたが、この建物の屋根の上にあるケーブルが電線で建物それ自体が電柱を兼ねているという構造なのだと思います。現在は電線の地中化が進められていますが、赤羽台団地はそれとは真逆の方向性で電柱をなくしていたんですね。たぶん、川添が最後に撮った赤羽台団地の写真がこれです。撮ったのは2014年10月。初めて訪れた1999年か2000年から、14年にわたってお世話になった赤羽台団地には感謝しかありません(涙)
<撮影/川添大輔>




