(『天然生活』2016年3月号掲載)
保存食がある暮らし
北アルプスに囲まれた雪深い長野・大町市に生まれ育ち、現在は、長野市で、信州の保存食や郷土料理を研究。
料理家・横山タカ子さんのご自宅は、台所も階段下の収納庫も玄関脇も、漬物やジャムがいっぱいです。
県内での料理教室や講演はもちろん、毎月、東京でも教えている多忙な日々のなかで、保存食は最強のお助け食材でもあると語ります。
「疲れて帰ってきても、ごはんとお味噌汁さえつくれば、あとは保存食で、すぐ一汁三菜になります。これとあれがあれば大丈夫、っていう安心感が保存食のよさですね」
また、東日本大震災のときも、保存食の長所を強く実感したとか。
「漬物も干物も、電気を使わなくてもできる。そして保存が利くから何日も食べつづけられます。保存食に必要なのは、時間だけなのです」
厳しい冬を乗り越える知恵から生まれた保存食
信州では、作物がとれない冬のために、夏や秋にとれすぎた野菜や果実を保存して蓄える知恵が脈々と受け継がれてきました。
さらに、海がないため、魚を粕に漬けて保存したり、干物も漬けてさらに賞味できる期間を延ばすなどの、さまざまな工夫も。
漬けたり発酵させたりすることで、うま味や栄養価が増し、おいしくなり、まさにいいことずくめです。
「干鱈(ひだら)を粕漬けにするとやわらかくなり、ぱさぱさした食感ではなくなるんですよ。魚に粕の風味がついておいしいし、粕のほうにも鱈の風味がつく。粕は、ひと季節、繰り返し使えますから、鱈の風味が移って、ますますおいしくなります。保存食は本当にむだがないですね」
信州でよく使われる干葉(ひば)は、大根や野沢菜の葉をカラカラになるまで干したもののこと。
これが軒先に吊るされた光景は、横山さんの原風景でもあります。
「冬の間中、吊るされていて、食べる分ずつ取って、細かくきざみます。ちょっとゆでると青々と色が戻り、お味噌汁や煮ものに便利。生の葉と違って歯ごたえもあり、なにより、食物繊維たっぷりです」
保存食には、食材を余すところなく使い、寒さを利用した先人たちの知恵と、もったいない精神が、いまも色濃く投影されています。
〈料理/横山タカ子 撮影/村林千賀子 取材・文/大平一枝〉
横山タカ子(よこやま・たかこ)
料理研究家。長野県大町市生まれ、長野市在住。長年、保存食を中心とした長野の食文化を研究すべく各地に赴き、料理名人から教わる。長野県の特徴でもある、野菜をたっぷりと使った保存食は「適塩」で作り、季節の食材は手をかけすぎず、素材を生かしてシンプルに食べることを信条とする。地元の農作物を広める活動にも尽力。大の着物好きでもある。著書に、『信州四季暮らし』(扶桑社)など。
※ 記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです
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