(『天然生活』2016年3月号掲載)
多種多様の保存食
小さな張り合いが続く横山家の保存食歳時記
あんず、さくらんぼ、栗の渋皮煮に、かりんシロップ。カリフラワーやするめ、しめじやぜんまいなど意外な食材も、横山さんの手にかかると、おいしい保存食に変身します。
「でもね、無理しちゃだめなの。果物は生が一番おいしいのです。だから素材の味を生かして、できるだけ生の味に近くするよう、砂糖などを入れすぎないこと。また、本来、食べきれないものをこの先も長くいただきましょう、と工夫を施すのが保存食。自然の流れに逆らって無理して果物を保存用にするのは、もったいないことです」
野菜や果実、山の恵みが多い信州で、ご近所さんや知り合いからいただきものの多い横山家では、保存食づくりも大忙しです。
「6月、らっきょうがとれるころから忙しいですね。梅、杏、ラズベリー、ブルーベリー、プルーン、桃、りんご。その間に奈良漬けや夏野菜のきゅうりやなすを漬けて。さあ、それから冬が本番。たくあんと野沢菜がありますから。一年中、忙しいけれど、保存食づくりみたいな、家のことをするのは好きなんです。家族もお客さまも、みんな喜んでくれるから」
豆皿に出された野沢菜やかぶの甘酢漬けは、若い男性客も喜んで平らげていくとのこと。きっと酢や塩が疲れを和らげ、手づくりのおもてなしが心を和ませてくれるからなのでしょう。
保存食は、おいしいことはもちろん、日持ちや栄養価など長所がたくさんありますが、横山さんは「人と人をつなぐ魅力」も大きいのでは、と分析します。
「保存食をつくるとなると、どうしても自分ひとりでは食べきれない量になります。でも、家族も喜ぶし、 “これをつくったから、あの人をお茶に呼ぼう” と張り合いにもなる。『どうやってつくったの?』『あれつくってみました』というところからまた会話が膨らんだりして。そういう小さな張り合いが続いていくのが楽しいですね。保存食は、家族や人をつなぐ、ささやかだけども大事なコミュニケーション的役割も果たしているように思います」
今日の暮らしを漬け、明日への希望を託す
手軽な時漬け(ときづけ)などがあるとはいえ、保存食は、手間ひまがかかり、すぐ食べられるわけではない不便さもあります。
横山さんは、「たしかに、いま漬けたものは食べられません。でも、今日の漬物は今日の暮らしを漬け込んだもの。何カ月後かの暮らしを想像しながら漬けるのは楽しいと思いませんか。明日は、3カ月後は、来年は、おいしくなっているかな、と希望を託す。自分の暮らしに期待がもてる。それが保存食の素敵なところです」と、ほほ笑みます。
バタバタとあわただしい日々のなかでも、時間がないなりに、ていねいにつくる。
その “思い” が食材にも伝わって、時の経過とともに想像を超えた味わいに変化する。
だとすれば保存食は、夢のある、おいしい未来が託された調理法、といえるのかもしれません。
〈料理/横山タカ子 撮影/村林千賀子 取材・文/大平一枝〉
横山タカ子(よこやま・たかこ)
料理研究家。長野県大町市生まれ、長野市在住。長年、保存食を中心とした長野の食文化を研究すべく各地に赴き、料理名人から教わる。長野県の特徴でもある、野菜をたっぷりと使った保存食は「適塩」で作り、季節の食材は手をかけすぎず、素材を生かしてシンプルに食べることを信条とする。地元の農作物を広める活動にも尽力。大の着物好きでもある。著書に、『信州四季暮らし』(扶桑社)など。
※ 記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです
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