• 風邪をひいたら取り除く……ではなく、日常から体を整え、防ぐのが「薬膳」の心得。薬膳・発酵料理家で国際中医薬膳師である山田奈美さんに、日本の風土や日本人になじむ「和食薬膳」について教えていただきました。
    (『天然生活』2020年2月号掲載)

    「和食薬膳」で冬の体を整える

    「薬膳には、何かの病気でない限りは『これを食べてはいけない』がありません。

    完璧な知識はなくてもよいので、ふだんから五感を使って自然のサイクルを感じ、いま、自分の体に必要なものは何かな、と耳を傾けることが大事」

    山にも海にも接した自然豊かな町に住まいを構え、20年来、暮らしに薬膳を取り入れている山田奈美さんは、薬膳の心得をこう語ります。

    画像: 築100年に近いという古民家に住み、ここを拠点として昔ながらの知恵や技を取り入れた暮らしを実践しながら、発信も行っている。台所仕事のときのユニフォームは、お気に入りの割烹着

    築100年に近いという古民家に住み、ここを拠点として昔ながらの知恵や技を取り入れた暮らしを実践しながら、発信も行っている。台所仕事のときのユニフォームは、お気に入りの割烹着

    そもそも、薬膳とは?

    そもそも、薬膳の概念とはどのようなものなのか。

    たとえば、のどの痛み、発熱など風邪と疑われる症状が著しいとき、私たちは医者にかかり、処方された薬を服用し、悪いところを治します。

    一般的な医療機関で行われるのは、このように表に出た症状を診て、取り除いたり、抑えたりする治療です。その基盤となっているのは、西洋医学の理論です。

    一方、東アジア圏に古くから伝わる中医学(東洋医学)は、その人の「全体」を診ます。症状の大本の原因を探り、体全体を整えるのです。

    症状である「部分」を治療する西洋医学とは、その根本が大きく異なります。

    薬膳とは、この中医学の理論に基づく食習慣のこと。

    季節のものを体に取り込むことが最も自然と考え、食物それぞれの特性や働きを知り、個々の体質や、日ごと、季節ごとの体調に寄り添う食事によって体を整えていく。いわば食養生の実践です。

    冬の風邪の主な要因として山田さんがあげるのは、「乾燥」「冷え」「気(生命エネルギー)の不足」「免疫力の低下」。

    それらを、食べる工夫と知恵によって補い、整えていくことが薬膳の役割です。

    画像: 〈朝にいただく一杯〉冬の朝の飲み物として山田さんが薦める梅干しとはちみつ入りほうじ茶。はちみつは胃の薬とされ、梅干しはおなかを温める。ほっとする一杯

    〈朝にいただく一杯〉冬の朝の飲み物として山田さんが薦める梅干しとはちみつ入りほうじ茶。はちみつは胃の薬とされ、梅干しはおなかを温める。ほっとする一杯

    薬膳の考えの基本となる「陰陽五行説」

    薬膳の考えの基本となるのは、中国古来の「陰陽五行論」

    人の体や心までも含めた、自然界の万物の成り立ち、関わりを体系的に表した理論です(下の図と解説を参照)。

    薬膳の基本「陰陽五行論」って?

    まず「陰陽論」とは、自然界は、相反する陰と陽のエネルギーのバランスによって成り立っているという考え方で、人の体にも当てはまります。

    「五行論」は、自然界のあらゆるものが木・火・土・金・水の5つの素材によって成り立ち、互いに育んだり、抑制したりと関わり合っているとする考え方。

    中医学でいう五臓(肝・心・脾・肺・腎)も、その五臓と関わり合う五腑(胆・小腸・胃・大腸・膀胱)も、人の感情を表す五志も、食べ物の味を表す五味も、季節(春夏秋冬と土用)も、この五行に分類されます。

    同じ五行内の要素の間にも関わり合いがあり、たとえば「水」に類する「冬」には、「腎」「膀胱」にトラブルが起きやすく、「鹹味(塩辛い味)」はそれを防ぐ働きをします。

    食物の分類の仕方も、人の体の器官のとらえかたも、一般的な概念とは少々異なり、一見、難解。

    でも、その真髄は「日本人が長年かけて育ててきた食の知恵のなかにもたくさん入っている」と、山田さん。

    「私の薬膳の師匠、武鈴子先生がおっしゃったのは、日本の風土の下で昔から食べられてきた和食こそ、日本人にとっての薬膳なのだと。

    この気づきは、私が薬膳の素晴らしさに魅せられるきっかけにもなりました。何気ない食べ方のなかにも、知恵があります」

    和食こそが日本人にとっての薬膳

    たとえば、きんぴらごぼうは、薬膳において体を冷やすとされるごぼうに、体を温める赤とうがらしの辛味を効かせた料理。同様に体を冷やすたけのこも、体を温める木の芽が添えられたり、たたいた木の芽であえたり。

    味や香りの取り合わせとして格別な和の皿を、薬膳の視点で読み解くと、体への働きを補う関係もまた、成り立っていることが多いといいます。

    「そもそも、穀物と豆と野菜を中心として魚介が少し入ってくる、昔からの日本の食事は、体に水がたまりやすく、消化力の弱い日本人の体を整えるのに、最も適しているんです。

    私は、西洋医学でも役立つ知識は取り入れていますし、一概に昔ばかりを称えるつもりもありませんが、日本の風土で培われてきた知恵を忘れ、新しいものばかり取り入れることによって、くずれていくバランスがあるのだろうとは思います。

    昭和40年代以降、急速に洋食化が進んだことと、アレルギーや生活習慣病が増加したことも、無関係ではないはずですから」

    高齢化を加速させながら、人口減少の局面に入っていくこれからの時代、予防医学の側面をもつ薬膳という食習慣は、より求められていくのではないかと、山田さんは考えています。

    この冬の体の備えをきっかけに、日本の旬の食材を用い、日本の風土と日本人の体に合った「和食薬膳」を、日常に取り入れてみてはいかがでしょうか。

    画像: 山田さんの提唱する和食薬膳においては、日本特有の発酵食品も大事な要素。樽の中で20年間、日々かき混ぜて育ててきたぬか床には、「何でも漬けちゃう」。柿などの果物のぬか漬けもおすすめ

    山田さんの提唱する和食薬膳においては、日本特有の発酵食品も大事な要素。樽の中で20年間、日々かき混ぜて育ててきたぬか床には、「何でも漬けちゃう」。柿などの果物のぬか漬けもおすすめ


    〈料理/山田奈美 撮影/有賀 傑 スタイリング/阿部まゆこ 取材・文/保田さえ子〉

    山田奈美(やまだ・なみ)
    国際中医薬膳師。「食べごと研究所」主宰。和食薬膳や発酵食品の教室を開く。著書に『季節のからだを整える おやこの薬膳ごはん』(クレヨンハウス)など。

    ※ 記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです



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